銀座柳通り

銀座柳通り

銀座は埋立地なので地下水位が高く、柳とは相性がいいということで、明治17年には銀座の街路樹のほとんどが柳になり、銀座の情緒を演出するシンボルとして柳並木は定着していきました。
ところが、大正に入ってからは、車道の拡幅のために撤去され、さらに関東大震災によって完全に消失してしまいます。
その後、朝日新聞社などにより苗木が合計300本寄贈されたものの、今度は東京大空襲でほとんど焼失。
昭和59年になって、金春通り会長・勝又康雄氏らにより「銀座の柳」復活活動が始まり、実に紆余曲折を経て今があるのです。